関根聡

情報爆発やビッグデータという用語が世間をにぎわすようになって久しい。しかし,歴史をひもとくとこのような情報爆発は少なくとも過去に2回あり,今回の情報爆発は3回目ということになる。 歴史的な情報爆発の1回目は「文字の発明」である。文字の発明以前の人類は情報を主に人から人に文字以外の方法で伝えていた。そのため,人類の過去の経験や文化の伝搬・伝授は,一部の人間による口承などに頼っていた。そこには神話や伝説など宗教的・呪術的な要素までも含まれ,一部の知的な人々による独占的な文化伝達形態が存在していたと考えられる。文字の発見によって,人間が扱う情報の量は桁違いに拡大した。また,情報伝達の正確性が確保され,それまでは過去の経験は数世代しか遡れなかったのに対して,何世代も前まで遡ることができる「歴史」と,人類が効率的に生き延びていくのに有効な「知識」の蓄積が可能となった。 2回目はグーテンベルグの「活版印刷の発明」である。文字の発明によって人類の歴史と知識が蓄積できるようになったが,活版印刷以前の時代には,それらは限られた人間の間でしか流通せず,知識の独占が起こっていた。中世以前のヨーロッパの大学は閉じられた形の子弟制度で運営されていたり,知識を持つ者(封建者など)と持たない者(農民など)の階級制度を支えていたりした。それに対し,活版印刷は多くの人々が歴史や知識に触れる機会を実現し,知識の大衆化ともいうべき効果を生み出した。それは識字率を向上させ,中世から近代に向かう教育制度の変革を促した。また,大きな意味で,知識の大衆化は王制に対する革命や民主化にも貢献し,近代から現代に至る新しい政治制度を実現する基礎ともなった。 そして,我々が現在進行形で経験している3回目の情報爆発は「コンピューターとネットワークの発明」である。この発明には3つの大きな特徴があると考えられる。 (1)膨大な情報を保存できること (2)膨大な情報を人間以上のスピードで処理できること (3)膨大な情報を共有できること もし,情報の知識化が高度に進み,膨大な情報の中から自分に有益な知識を獲得することが非常に容易になったら,将来,人間は知識を意識的に自分の脳の処理対象から分離し,知識に関する蓄積と処理をコンピューターとネットワークに任せるという方向になっていくのではないかと考えられる。既に,我々は難しい漢字やスペルの暗記は必要ではないと感じ始めているし,大抵の知識はウェブで獲得可能だと知っている。このように今後は知識そのものは徐々に軽視されていき,知識の活用能力や人とのコミュニケーション能力が重要視されていくのではないかと考えられる。つまり,3回目の情報爆発においては「人間と知識の分離」が実現されるのではないだろうか。